2012年3月25日日曜日

思考のだだ漏れ(改) シリーズ合成生物学


 シリーズ「合成生物学」第三回は、日本における合成生物学への取り組みをまとめてみようかと思います。前回の終わりにはそんなことは書いていませんでしたが、読者のみなさんが少しでも興味を持ってくださるところを書こうと考えた結果、これに行きつきました。

 それにしても、いざこういった内容で書こうと思うと、資料というのは不足しているものです。その理由は、おそらく、日本における合成生物学への取り組みが、いまひとつ盛んになっていないからなのでしょう。

 合成生物学のおこりは、制限酵素が開発された1978年にさかのぼります。これによって遺伝子組み換えの技術が実現し、合成生物学がまさしく始まったと言えます。後にクレイグ・ベンターがなっがーいDNA を創ることに成功し、それからというもの、この人工DNAを細胞に定着させる技術が発達していきます。そして2010年5月には、オリジナルの細胞からDNAを抜き取り、代わりに人工DNAを入れるという手法まで開発されています。
 このような技術が、実用可能な段階に至っていることを示す例として、合成生物学のロボコン、iGEMを先日紹介しました。iGEMでは、主催者から2000ものDNAパーツが資料として与えられ、これを配列することによって、新しい細胞を創っています。
 日本において、合成生物学が本格的に狼煙を上げたのは、2005年の「細胞を創る」研究会の発足によります。2007年には、日本の大学からもiGEMへの参加が行われるようになり、学部生から合成生物学の教育を行う体制が整備されたと考えていいでしょう。


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 以上の変化は、研究室および大学での取り組みです。政策レベルではどのような状況なのでしょうか。第二回のメインソースとして利用した、科学技術振興機構の報告書によると、合成生物学を支援する国家プロジェクトを行ってきたのは、経産省と文科省だそうです。前者はH12からH17までの間(西暦で2000年から2005年)に、コンピュータを利用した細胞の分析を行い、合成生物学に関連して言えば、「大腸菌や酵母の機能改変により汎用性宿主(細胞工場)として有用な性質を持つ複数の株が創成されている」そうです。つまり、人工DNAを投入するバクテリアが複数創り出された、ということです。
 現在では、後者の文科省による政策によって、合成生物学は支援されています。その名も「革新的細胞解析研究(セルイノベーション)」。管轄が違うにもかかわらず、どうやら後継の研究と言ってよさそうです。やはりコンピュータを用いて、全ゲノムシーケンス(DNA情報全ての読み取り)等の一次資料の分析を行う拠点を創り、別にそれらの情報を解析する拠点を創ることによって、バイオ関連(生物学関連)のあらゆる研究に対して、最先端の解析結果を提供できるようにすることが目指されているようです。

 小言のように付け加えておきますと、2000年以降、ミレニアムプロジェクトと題して、多額の費用を要する科学技術研究への重点的な投資を行うことが、日本の科学技術政策の中心となっています。これによって、 投資されたプロジェクトにリードされる形で、他のプロジェクトにも間接的な支援が行われることになり、効率的に科学技術の進歩に寄与できると考えられているからです。ですから、上述のセルイノベーション事業も、バイオ分野のコアとなる研究に投資することで、関連分野の発展をも引き起こそうという狙いがあるのだと思います。


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 これらの政策的な支援に加えて、若手研究者が自ら提出した研究計画によっても、合成生物学への支援が引き出されています。2007年度以降17件の研究計画が採用され、いずれも准教授以下の若手の研究だったことが報告されています。
 以上のように、日本でも決して合成生物学が無視されているわけではありません。実際、年間の論文数でいえば、アメリカ(50)やイギリス(30)、フランス(20)に次ぐ、第二集団(ドイツ・スイス・スペイン・イタリアなど)の一員です。今後この分野における日本の競争力は、日本におけるこの分野の認知度に依存して推移することでしょう。

 しかし、気になることがもう一つあります。日本において、新しく作られた細胞はどのような扱いを受けるのでしょうか。産業とのコネクションを持った組織によるプロジェクトとしては、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)によるものがあります。NEDOでは、この3月18日までに、国内の合成生物学関連研究の動向調査を行う旨決定していたようなので、産業にどのように� �なげるのか、次なるプランの策定が期待されます。それによっては、国内の合成生物学研究に大きな発展をもたらす可能性もあるのですから。
 おそらく、この独立行政法人の調査結果を受けて、国の方でも多少の動きはあるはずです。この先五年間が勝負どころでしょうから、一市民としても目が離せないところです。

 最後に、国際的な状況にも少しふれておきます。昨年名古屋で行われた、COP10を覚えていますか?生物多様性条約締約国第10回会議です。このCOP10でも、合成生物学について少しですが扱われています。


どのように水槽からカタツムリを削除しますか?

まず 
[以下引用]
合成生物学:ブラジルは、特別専門家会合(AHTEG)の会議開催に反対し、締約国に対し、合成生物学で生産されたLMOsの環境放出を回避するよう求めた。太平洋諸島は、AHTEGの会議を招集するのではなく、合成生物学の評価を行うことを希望した。ニュージーランドは、合成生物学は新しく登場した問題としてインターセッションで議論することを提案した。議長のHuflerは、Ole Hendrickson(カナダ)とGiannina Santiago(コロンビア)が共同議長を務めるコンタクトグループを設置した。
[引用以上]

次に、外務省による要約です。(生物多様性条約第10回締約国会議結果概要)

[以下引用]
バイオ燃料の生産及び使用は、食料やエネルギーの安全保障を含む社会経済的状況に影響を及ぼし得ることを認識し、その正の影響を促進し負の影響を最小化するため、バイオ燃料の生産に適した又は不適な土地を適切に見極めること、次世代バイオ燃料の生産に使用され得る合成生物学とバイオ燃料に関する情報提供を行うこと等が決定された。
[引用以上]


 これらのことから、確かに「合成生物学」という語が登場したことが分かります。前回の要点では、国際的な同意が形成されていないと書きましたが、この同意形成は現在進行中ともいえます。もちろん、各国で立場や意見が異なりますから、前者の引用にあるように、議論する場を設けることが今の妥協点です。今後、そのような議論を通じて、本格的な取り決めが形成されていくことでしょう。
 ところで、後者の引用にある、バイオ燃料と合成生物学の関連は、ここまで読んでくださった方ならお分かりかと思います。合成生物学によって作り出された細胞によって、バイオ燃料を効率よく生産しようというプロジェクトが、特に米国において盛んです。今のところ、われわれに最も身近な領域と考えていいでしょう。
 この領域で情報提供を行うことが決定された、とありますが、実用化した暁にはそんなきれいごとは通じないでしょう。できることなら、より優れたバクテリアを、一刻も早く開発したいものですが、さすがにこの領域ではアメリカには勝てないとも思うので、考えものです。こういうときにだけ、同盟を頼りにしてもいいのかもしれません。とすると、その代わりに提供する、別の領域での技術開発に専心することが、日本の合成生物学を長期的な発展路線に乗せるためには重要なのかもしれません。

 現在期待される領域としては、たとえばレアアースやレアメタルの濃縮や回収、あるいは下水から有機酸の製造といった研究が挙げられています。実現すれば大手柄です。ぜひとも盛んに進めていただきたいものです。

  今回はこの辺にしましょう。例によって長くなってしまいました。
 次回何を扱うかは、今のところ決めておりません。何か知りたいことがありましたら、コメントでもしていただけると助かります。



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